海の幸、島の幸

2008年10月02日


 大島ではキャンプばかりで、今回、初めてこの島の民宿に泊まることになりました。民宿のおばちゃんが「大島でとれたゴーヤだよ。とっても美味しいよ。」と、意気揚々とゴーヤーを買ってきました(“ゴーヤ“ではなく“ゴーヤー“ですよ!)。今日の夕飯はゴーヤーチャンプルーかあ、となかば諦め気味に苦笑したものですが、実際に出て来たのはなんともゴージャスな海の幸・島の幸の数々。いろいろ手をつくして宿をさがした甲斐があったというものです。おばちゃん、一瞬でも疑ってごめんなさい、そしてありがとう!(でも実は、私は貝が苦手だったりするんですよね)

伊豆大島へ

2008年09月30日


 初秋の気配がただよう伊豆大島へ行って来ました。今回の島旅は本来、北風が吹きはじめる前に、海が荒れる季節になる前に、夏のなごりを満喫しようというものでした。そう意気込んで臨んではみたものの、行ってみると季節の移ろいは私が予測するよりはるかに早かったようです。前回にこの島を訪れた初夏にはあたり一面にサクユリが見られましたが、今回は盛りを過ぎたヒガンバナが点々と咲いていました。
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ALIVE

2008年08月29日
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 ときが熟し海原へ放り出されて、つかの間の“生”を堪能しようと躍動する生きものたち。その“生”の躍動のエネルギーはどこから来るのでしょうか。私たち人間を含むすべて生きものはなにを欲して生き、どのような役割で生かされているのでしょうか。生態系とひと言で片づけてしまえば味気なく聞こえますが、まわりのみんなのなかで生き、生かされているといった暖かなイメージが私にはあるのです。誰しも決して個では生きられないのだから。

DEAD

2008年08月24日
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 海底に静かによこたわる生きもの。いや、すでに生きものではなく物体にすぎないのかもしれませんが、大洋をゆうゆうと泳いでいた姿は容易に想像できます。生きとし生けるものに不平等なく、宿命のように訪れる“死”。生きものにとって“死”とはなにを意味するのでしょうか。そもそも魂は、また彼岸という世界はあるのでしょうか。生きるものとして、ある程度は受容していたほうが楽なのかもしれませんが、考えれば考えるほどに堂堂めぐりです。

島のいのち、港

2008年08月17日
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 お盆の今週末は利島へ行き、イルカと遊んできました。ところが、これから利島でゆっくりと思ったのもつかの間、考えもしなかった台風11号の出現のため、安全策をとって、予定を早めて島を離れることとなりました。台風の発生場所はなんと四国沖。まったくの想定外、ありえません。港で帰りの船の到着を待っているとき、台風の接近をよそに、港では島の人々が海水浴を楽しんでいます。じつにのんびりした光景。海にかこまれていながらビーチがない利島では、港が海水浴場になるのです。
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