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伊是名島

2008年03月22日
izenajima.jpg

 民宿で自転車をかりて、島を一周ぐるりと見てまわって、伊是名城跡あたりの海辺でひと休み。時間もちょうど夕暮れどきで、今にも海ギタラと陸(アギ)ギタラのど真ん中に、ゆっくりと太陽が沈もうとしています。時間が止まったかのような南国でも、この時間帯だけはこわれた時計がふたたび動き出したかのように、時間は足早に過ぎていきます。かつては伊是名の王様も、この美しい夕日を見ながら、ゆっくりしたなかにも確実に過ぎ去っていく時間を惜しんだのでしょうか。
 伊是名島は沖縄本島の北西、距離にして30キロ弱をへだてた東シナ海に浮かぶ小さな島で、天候さえ良ければ本島最北の辺戸岬から眺めることもできます。アクセスはもっぱら海路で、本島の今帰仁村は運天港からフェリー「ニューいぜな」で1時間足らずです。いったんフェリーに乗ってしまえばもう目と鼻の先のといった感じの伊是名島ですが、フェリーに乗るまでの、本島北部にある今帰仁村までの陸路が以外としんどいのです。くわえてフェリーは1日2往復のみですから、この島は日帰りするにはちょっと無理があり、またもったいないと思います。あとにも書きますが、島にはおすすめの宿がありますので、この島を訪れるならやはり宿泊をしたいところです。もっとも、よほど釣りやダイビングを好きでもないかぎり、ウチナンチュであってもこの島へ遊びに行くという人はほとんどいないのですが。私が乗ったフェリーにも釣り人のほかはほとんどが伊是名島の人、本島で遊んできた帰りの人や島へ里帰りする人だったと思います。

 必ずしもメジャーとはいえない伊是名島を私が知るようになったのは、この島出身のアーティスト、名嘉睦稔さんがきっかけでした。睦稔さんには版画家、彫像家、作詞家と、ほかにもさまざまな肩書きがありますが、なかでも私は睦稔さんの粗いタッチの木版画が大好きで、いかにも南国を思わせる鮮やかな色彩と、輪郭を縁どる黒との対比は見事で睦稔さんの作品は私に沖縄を強く感じさせます。そんな睦稔さんの感性を育み育み、作品のモチーフに多く使われる睦稔さんの原風景が残る伊是名島を、ぜひ一度は訪れてみたかったのです。島では歩く先々で睦稔さんのさまざまな作品を見たのですが、そのほとんどは繊細なタッチで描かれたリトグラフの人物画で、粗いタッチの風景画を見慣れた私にはとても新鮮でした。聞くところによるとなんでも、島の人にとっては「名嘉睦稔といえば沖縄の美童(ミヤラビ)のリトグラフ」なのだそうです。

 伊是名島には海にそって時計まわりに伊是名、勢理客、内花、諸見、仲田と、5つの集落があります。私は伊是名島を訪れることがあれば、ぜひ泊まってみたい宿がありました。その宿というのは「民宿ときわ」という、伊是名の集落にある宿です。島のなかでも伊是名という集落はもっとも昔の面影を残しているといわれます。昔ながらの赤瓦にシーサーの乗った平屋建ての民家が建ちならぶ集落は、フクギの並木におおわれて思いのほか涼しいです。張りめぐらされた路地は車がやっと通れるほどの幅で、路地の両側にはサンゴで作られた石垣が続きます。民家の軒先に置かれた魔除けのスイジ貝に、石垣のすき間から葉を広げているガジュマルの苗など、なにげないものが集落に情緒をあたえているようです。このような集落のなかにある「民宿ときわ」には、宿を切り盛りする元気な名物オバーがいます。庭でオバーとゆんたくしながら食べたイラブチャーの焼き魚は、ちょっと焦げていたけれど美味しい思い出です。今でも伊是名島を思うときは、オバーは元気だろうか、などとオバーの笑顔をなつかしく思い出します。

 伊是名島のことをいろいろ調べていると、琉球王朝の王様の話がよく出てきます。なんでも琉球王朝第2期の「尚円王」という王様の出生地が伊是名島なんだそうで、島には当時をしのばせる文化財や史跡が多く残されています。その1つに伊是名城趾があるのですが、やはりお城が建っていたくらいの一等地ですから、ここからの景色はすばらしいのひと言です。東シナ海をパノラマに、目の前には「日本の渚百選」にも選ばれた二見ヶ浦海岸が広がり、真正面には海ギタラと陸ギタラとがならび立っています。ギタラとは、ウチナー口で「切り立った岩山」のことをいいます。その昔、夕暮れどきになるといつも、陸ギタラの上には海を見つめる女性の姿があったとの言い伝えがあります。海へ漁に出ている恋人の帰りを心配した女性が、恋人の無事を祈って陸ギタラにのぼったのだそうです。

 海のなかの情報についてはあまり集められませんでしたが、とりあえずこの二見ヶ浦の海には潜ってみました。潜ってみたといっても延々と続く浅いリーフの上を延々と泳ぐことになり、そろそろ泳ぎ疲れたころにいきなりドロップオフとなります。残念ながら私が訪れたときに島のサンゴは、白化現象やらオニヒトデの食害やらでほぼ全滅しており、すでに瓦礫の山と化していました。海から上がって砂浜で休んでいると、まだ若いウミガメの遺骸がきれいなままストランディングしていました。若いウミガメがなぜ死んだのかを思い、死ぬべくして死んでいったウミガメと、ひも解いていけば人間の仕業かもしれぬ全滅したサンゴとの、生と死の境界について考えたものです。今振りかえると、なぜそのようなことを考えたのかと笑ってしまいますが、のんびりした島でのなつかしい思い出です。

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